「気付いたら、ここにいた」。 研究も将来も、そのくらいがちょうどいい!?

2020.07.20

水を弾いたり形を変えたり……内田欣吾教授のもと、植物や生物が持つ特性を化学の力で再現する「光応答機能」を研究してきた西村涼さん。理工学部(現·先端理工学部)から大学院の理工学研究科へ進み、博士課程を修了。2020年春からは海を渡り、オランダの名門·フローニンゲン大学で、さらなる研究活動をスタートさせます。

まさに将来有望な若き研究者! という印象を抱かせますが、素顔の本人は(いい意味で)いたってフツーの若者。高校時代から「研究者になるぞ!」と意気込んでいたわけではないし、むしろ「気付いたらここにいた、そうなっていたという感じなんですよね」と笑います。
そんな西村さんの研究意欲やキャリア観はどこでどう育まれてきたのでしょう? 等身大の原点に迫ります!

今回のなかのヒト

西村 涼

西村

西村 涼日本学術振興会特別研究員
(取材時:理工学研究科物質化学専攻博士課程)

光を当てるだけで、物質に
新しい機能を持たせることができるなんて!

インタビュアー

大学院ではどんな研究をなさっておられたんですか?

西村

内田欣吾教授に師事し、「自然界に学ぶものづくり」を研究していました。例えばカタツムリの殻は親水性が高くて水となじみやすいです。逆にハスの葉など、水を弾く機能を持つものもあります。こうした特性がなぜ起こるのかを追究し、それを人工的に再現する研究で、広くは「応用化学」と呼ばれる分野です。

インタビュアー

おもしろそうですね! 西村さんがメインの研究対象にしていた自然界の存在や機能は何ですか?

西村

大学院へ進む前の学部生のころから、ハスの葉を中心に研究してきました。ハスの葉は強く水を弾く「超撥水性」 を持っています。なぜそんなことができるのか調べていくと、葉の表面に小さな突起を持っていて、その突起一つひとつの表面にさらに無数の小さな突起があることが分かりました。「ダブルラフネス構造」といって、これが超撥水性の秘密だったのです。こうした機能を、例えば「物質のコーティング性能に使えないか」という応用に転換していくんです。
もう少し詳しく言うと、光を当てることで物質の色や形を変える「光応答材料」で再現します。平坦な物質表面に特定の光を当てると、ハスの葉と同じダブルラフネスの突起が現れる、また別の光を当てると元にもどる……そのような研究です。光を当てるだけで物質にさまざまな機能を持たせることができるのが、この研究分野の醍醐味ですね!

インタビュアー

す……すごい! でも、どうしてそんな研究に興味を持たれたんです?

西村

大学に入ってすぐのころ、理工学部(当時)の先生方の研究内容をレクチャーしてもらえる講義がありました。そこで内田教授は、無色の液体に光を当てただけで青く変色するのを目の前で実演してくださって。「うおっ!なんだこれ、すげえ!!」と。さらに「この技術を用いて、自然界の植物や生物の模倣を目指している」と聞いて「これだ! これをやりたい!」って思ったんですよ。

「応用化学」が何かもよく知らないまま入学

インタビュアー

確かに、目の前でそんな光景を見せられたら衝撃ですよね! 子どものように心がときめくというか。西村さんは、幼いころから研究の道を目指していたんですか?

西村

漠然とした憧れはありましたが、そこまで明確なものでもなかったです。強いて言えば、自然は好きでしたけどね。何をするでもなく空や川を眺めたり、家の庭でバッタをつかまえたり。学校帰りに、友達とサルビアの蜜を吸ったり。どこにでもいる、フツーの子どもでしたよ。何か高い志を抱いていたわけでもなかったです。

インタビュアー

なんだか意外です。研究者になるような人って、子どものころから、もっと“ハカセキャラ”みたいな感じなのかと思い込んでいました。

西村

そういう人もいるかもしれませんが、僕のようなタイプも決して珍しくないと思います。小中高の間はずっと野球部でしたし、応用化学という分野にしたって、高校の先生に教えてもらって初めて知りましたから。「理数教科は好きだから、理工系の学部に行きたいな。でも機械系はちょっと違うんだよなあ……」くらいに思ってたら、「こういうのもあるぞ」って。それにしたって最初は「まあ何か化学的なことが学べるんだろう」くらいの認識で(笑)。僕の好きな植物や生き物の世界が応用化学と繋がると知ったのも入学してからですし、結果論というか、たまたまなんです。

インタビュアー

えっ? そんなノリ!?

西村

もちろん適当に考えていたわけではないですけど、最初はそのくらいの動機でもいいと思うんですよ。今でこそ僕もこの分野に深い興味とやりがいを見出していますが、高校生のころからそこまで意欲がある人なんて稀じゃないですか? これから大学進学を目指すみなさんの中にも「大学には、明確な目標を持って進むべき」と思っている人がいるかもしれませんし、それはそれで素晴らしいことですが、「夢中になれる研究対象は大学に入ってからでも出会えるから安心して」ってことは強く伝えたいですね。

眠っていた資料から、新たな研究対象を発見

インタビュアー

大学院に進まれてからは、シロアリの翅(はね)を再現する研究もなさっていたそうですね。でも、自然界には数えきれないほどの素材がある中で、なぜシロアリだったのでしょうか?

西村

実はこれも、偶然といえば偶然みたいなものでして。別に「シロアリが好きでたまらない!」というマニアックな好みを持っていたわけではないです(笑)。
ハスの葉の超撥水性を研究する中で、同じような機能を持つシロアリの翅に目を付けた先輩がいらっしゃったんですが、その研究は最終的な成果を示すには至らず、お蔵入りしていたんです。僕も研究室で調べものをしているとき、たまたまその研究データを見つけて。内田先生に聞いたら「残念ながら途中で止まっている。引き継いでやってみるか?」と。「よーし! やってやるぞ!」とわくわくしましたね。

インタビュアー

おお! そんなこともあるんですね! そういう巡り合わせも、研究の奥深さや面白さなのかもしれませんね。

西村

そう思います。眠っていた資料や偶然の発見が、新たなヒントや着眼点、あるいは別の研究に繋がっていくことがありますから。そういう意味では、シロアリもすごく面白い研究対象だったんですよ! オーストラリアの「テングシロアリ」という種なんですけど、変わった習性を持っています。産卵のタイミングで新しいコロニー(巣)へ移動する際、あえて雨季に旅立つんですよ。なぜだと思います!? はい3秒前、2秒前……

インタビュアー

えっ? えっ!? か、乾季は日焼けでお肌が気になるから!

西村

ブッブー! 実は雨がたくさん降って移動しにくいときほど、天敵も少ないからなんです! でもそれって、シロアリにとっても飛びにくいじゃないですか?そこで進化したのが羽に超撥水性を持たせることだったんです。

インタビュアー

はああ、なるほど!

西村

しかもこの翅、雨粒サイズの大きな水滴は弾いて、霧のような小さい水分は逆に吸着するというユニークなもの。そうやってある程度水分を集めて、大きな水滴にしてからまとめて流すという極めて合理的な機能を持ってるんですよ。すごいなって思いません!?

インタビュアー

い、いや、確かにすごいです(西村さん、ほんとはシロアリが大好き??)。

研究成果の立証に四苦八苦。でもそこが楽しい!

インタビュアー

「偶然の出会いから発見がある」、それもまた研究の楽しさなんですね。でも、楽しいことばかりではないでしょう? 例えば、いくら実験を重ねても望んだ結果が出ないとか。

西村

そうですね。「評価」は確かに大変です。研究における「評価」とは、「こうではないか?」という仮説に対し数字やエビデンスを揃えて論文などにまとめて立証すること。つまりその説が正しいと裏付ける行為なんですけど、やはりここに苦労します。
シロアリについても、翅の機能自体は再現できたものの、たまたまうまくいっただけでは論文として認めてもらえません。明確な根拠や客観的な理由を示して完全再現できなければダメなんです。

インタビュアー

それは手厳しい!

西村

「いったい、これ以上何を証明すれば認めてもらえるんだ!」と思ったこともありましたね。結局、修士課程の2年間のほとんどをそこに費やしていましたから。でもそれだけに、論文として認められたときの達成感は言葉では言い表せません!それに、あらゆる角度から評価しようと様々な実験や文献調査をしていると、ここでも新しい発見があるんですよ。

インタビュアー

先ほどからおっしゃっている、偶然の出会いっていうやつですか?

西村

はい。ハスの葉の研究成果がシロアリの研究に応用できたり、嬉しい誤算と言えるような予想外の実験結果が出たり。専門外の分野へ飛び出していく喜びもあります。先ほどシロアリの翅は「霧レベルの水分は吸着する」と言いましたが、「じゃあ、霧とはそもそも何なのか。何をもって霧というのか。雨との違いは何なのか」なんて分野にも踏み込んでいくんです。で、それをもとに「霧」の定義の大きさの水滴を再現して評価に信ぴょう性を作るとか。
そういう地道な作業の積み重ねって大変ですし、失敗の連続だけど、だからこそ「ああ、やっぱり研究って面白いな」としみじみ実感しますね。

インタビュアー

諦めちゃダメだ、ってことですね!

西村

そう思います。いや、諦めないっていうよりは、「無理だと決めつけない」と言ったほうがいいのかな? シロアリの翅やハスの葉の構造を再現したい、その謎を解き明かしたいという好奇心と、未知の可能性があると信じる気持ち。世界を変えるような新しい研究成果も、すべてそこから生まれるんだと思います。研究者としての僕のポリシーです!

大学に入ってからどう過ごすか、
誰と、何と出会うかを大切に

インタビュアー

今度は海外にその活躍の場を移されるとか。

西村

ビジティングリサーチャー(訪問研究員)として、オランダのフローニンゲン大学へ渡ります。なんと、2016年のノーベル化学賞を受賞されたベン・フェリンハ教授がおられる組織に属するグループの一つ(ナタリー・カトニス教授のグループ)で研究させてもらえることになったんです!
オランダでの立場は正規の雇用契約ではないため、自分でお金を捻出する必要がありましたが、「日本学術振興会特別研究員」として、日本から給料と研究費をいただけるので助かりました。ただ、その資格を得るには、過去に発表した論文の内容や研究計画、業績、受賞歴などすべて審査されます。しかも採択率は20%という狭き門。頑張って研究を続けてきた甲斐がありました。

インタビュアー

それだけ西村さんが優秀だということじゃないですか!

西村

いやいや、とんでもないです! 確かに努力はしましたが、先端理工学部と海外の大学の繋がりの深さがあったことも大きいです。実はフェリンガ教授は内田教授のかつての上司に当たる方で、ナタリー先生も元同僚でした。そうしたネットワークも大きな後ろ盾になったと思います。

インタビュアー

ええっ!そんな繋がりが!

西村

内田教授には本当に感謝しています。教授に出会えていなければ、ここまで研究を続けられていなかったし、海外へ行くこともなかったでしょう。博士課程へ進むように勧めてくれたのも、内田教授でしたし。実際、修士のころは就活を始めていましたからね。思えば教授との出会いも、「研究」という不思議な縁の延長にあったのかもしれません。研究者が非科学的なことを言うようで笑われるかもしれませんが、こうして人間の可能性が広がっていくことは、本質的なところで研究が持つ意義と同じだと思うんです。

インタビュアー

では最後に、これから大学を目指す人たちにアドバイスやメッセージをお願いします!

西村

大学を選ぶとき、つい偏差値やブランドを基準にしてしまうこともあるでしょう。でも僕は、「大学に入ってからどう過ごすか」「大学で誰と、どんな研究と出会うか」を大切にして欲しいと思います。実際、僕もそうやってここまで来られたわけですから。何かに導かれて、気付いたらここにいた。そんな感覚がしています。

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